
今回は、下前腸骨棘裂離骨折(AIIS裂離骨折)について、起こりやすい場面、症状、検査、治療方針、リハビリテーション、スポーツ復帰の考え方を解説します。
AIIS裂離骨折は、成長期のアスリートに起こりやすい骨盤前方の裂離骨折です。キックやダッシュなどで大腿直筋が強く引っ張られることで、骨盤の一部に強い力が加わって生じることがあります。
多くの場合は保存療法でスポーツ復帰を目指しますが、骨片の転位が大きい場合、痛みが長引く場合、競技復帰に支障がある場合には、手術療法が検討されることもあります。この記事では、一般の方にもわかりやすいように説明しますが、実際の治療方針や復帰時期は、骨片の転位量、痛み、骨癒合、競技レベル、医師の判断によって変わります。
- 下前腸骨棘裂離骨折(AIIS裂離骨折)とは何か
- 太ももの付け根・股関節前面が痛いときに考えたい症状
- キックやダッシュで起こりやすい理由
- 病院で行う検査
- 保存療法と手術療法の考え方
- リハビリとスポーツ復帰の目安
股関節や骨盤まわりの痛み全体について知りたい方は、関連する股関節・骨盤周囲の記事もあわせて確認してみてください。
目次
下前腸骨棘裂離骨折(AIIS裂離骨折)とは?
下前腸骨棘裂離骨折とは、骨盤の前側にある下前腸骨棘(AIIS)という部分が、大腿直筋に強く引っ張られることで生じる裂離骨折です(図1)。
大腿直筋は、股関節を曲げる動きや膝を伸ばす動きに関わる筋肉です。サッカーのキック、ダッシュ、ジャンプなどで急激に力が入ると、成長期の骨端線周囲に強いストレスがかかることがあります。
骨盤裂離骨折は、骨の成長がまだ完了していない思春期のアスリートに多くみられます。228例の骨盤裂離骨折を調査した研究では、下前腸骨棘が骨盤裂離骨折の約49%を占め、76%が男性であったと報告されています[1]。
基本的には保存療法で改善を目指すことが多いですが、骨片の転位が大きい場合や、痛みが長引く場合、スポーツ復帰に支障がある場合には、手術療法が検討されることもあります[2][3]。

AIIS裂離骨折を起こしやすい場面
AIIS裂離骨折は、骨端線が閉じる前の思春期アスリートに多くみられます。特に、股関節を曲げる力や膝を伸ばす力が急激に入る場面で起こりやすいです。
- サッカーの強いキック動作
- ダッシュやスプリントの開始時
- 急な加速・減速
- ジャンプや着地
- ボールを強く蹴ろうとした瞬間
- 股関節前面に強い伸張ストレスが加わったとき
骨盤裂離骨折は、陸上競技、サッカー、バスケットボールなど、急激なダッシュやキック動作が多い競技で発生すると報告されています。また、AIIS裂離骨折ではキック動作やスプリントでの受傷が多いとされています[1]。

AIIS裂離骨折でよくある症状
AIIS裂離骨折では、股関節前面や太ももの付け根に鋭い痛みが出ることがあります。受傷の瞬間に「ビキッ」「ブチッ」とした感覚を自覚する選手もいます。
- キックやダッシュの瞬間に股関節前面が痛くなる
- 太ももの付け根、骨盤前方を押すと痛い
- 歩くと痛い、足を引きずる
- 股関節を後ろへ引くと痛い
- 太もも前のストレッチで痛い
- 股関節を曲げる、膝を伸ばすように力を入れると痛い
- 患部に腫れや内出血が出ることがある
痛みは、歩行、走行、ジャンプ、キックなどで悪化しやすく、患部に圧痛がみられることがあります。股関節前面の痛みが強い場合は、無理にプレーを続けず、早めに状態を確認することが大切です。
股関節前面・太ももの付け根が痛いときに考えたい他のケガ
股関節前面や太ももの付け根が痛い場合、AIIS裂離骨折だけでなく、他のケガや障害が関係していることもあります。
- 大腿直筋損傷
- 腸腰筋損傷
- グロインペイン症候群
- 股関節唇損傷
- FAI(femoroacetabular impingement)
症状が似ていても、対応やリハビリの進め方は異なります。成長期の選手で急に股関節前面が痛くなった場合は、自己判断でストレッチや練習を続けないようにしましょう。
早めに受診した方がよい症状
以下のような症状がある場合は、AIIS裂離骨折や他の股関節・骨盤周囲のケガが疑われます。早めに整形外科やスポーツ医療の専門家に相談してください。
- 痛みが強く、歩くのが難しい
- 足を引きずっている
- キックやダッシュの瞬間から痛みが続いている
- 股関節を動かすと強く痛い
- 患部に腫れや内出血がある
- しびれや感覚の異常がある
- 発熱を伴う
- 数日たっても痛みが明らかに改善しない
病院で行う検査
AIIS裂離骨折が疑われる場合、病院では受傷した場面、痛みの場所、歩き方、股関節の可動域、筋肉を伸ばしたときの痛み、力を入れたときの痛みなどを確認します。
- 問診:キック、ダッシュ、ジャンプなど、痛みが出た状況を確認
- 触診:下前腸骨棘周囲の圧痛を確認
- 可動域検査:股関節の曲げ伸ばしや痛みを確認
- 筋力検査:股関節屈曲、膝伸展での痛みを確認
- 画像検査:必要に応じてX線、MRI、CTなどを実施
まずはX線検査で骨片の有無や転位量を確認することが多いです。X線でわかりにくい場合や、骨片の状態、骨癒合、周囲組織の状態を確認したい場合には、MRI検査やCT検査が検討されることもあります。
AIIS裂離骨折と診断されたら
AIIS裂離骨折では、多くの場合保存療法でスポーツ復帰を目指します。保存療法では、痛みのある時期は患部を保護し、骨癒合や症状の改善を確認しながら、段階的に可動域、筋力、走行、キック動作へ進めます。
一方で、骨片の転位が大きい場合、痛みが長引く場合、癒合不全が疑われる場合、競技レベルが高く早期復帰を目指す場合などでは、手術療法が検討されることがあります。
骨盤裂離骨折に対する保存療法と手術療法を比較したシステマティックレビューでは、全体として手術群でスポーツ復帰率が高い傾向が報告されていますが、治療方針は転位量、症状、競技レベルなどを踏まえて個別に判断する必要があります[2]。また、前方腸骨棘裂離骨折では、保存療法が選択されることが多いとする報告もあります[4]。
AIIS裂離骨折のリハビリテーション
AIIS裂離骨折のリハビリでは、患部の治癒、股関節の動きの改善、体幹の安定性の改善、全身の連動性の改善が重要です。
ここでは保存療法を中心に、リハビリの大まかな流れを紹介します。ただし、実際の進行は骨片の転位量、骨癒合、痛み、医師の方針によって変わります。必ず医師や理学療法士の指示に従って進めてください。
- 痛みが悪化していない
- 患部の圧痛が強くなっていない
- リハビリ中・リハビリ後・翌朝に症状が悪化していない
- 医師の指示に沿って荷重や運動範囲を守れている
- 必要に応じて画像検査で骨癒合を確認している
保存療法のリハビリの流れ
リハビリ前期:患部を保護する時期
受傷後しばらくは、積極的に患部へ負荷をかけず、痛みを増やさない生活を優先します。歩行時に痛みが強い場合は、松葉杖を使用することもあります。
- 痛みが出る動作を避ける
- 必要に応じて松葉杖や荷重制限を行う
- お尻やもも裏など、患部外の筋肉を無理のない範囲で整える
- もも前は強いストレッチを避け、痛みのない範囲で軽くケアする
- 呼吸や体幹の安定性を確認する
- 痛みの出ない患部外トレーニングを行う
リハビリ中期:日常生活で痛みが落ち着いてきた時期
日常生活で痛みが落ち着き、ストレッチや軽い筋力トレーニングで痛みが出にくくなってきたら、股関節の動きや筋力を段階的に回復していきます。
- 股関節の可動域を痛みのない範囲で改善する
- もも前のストレッチは痛みがない範囲で慎重に行う
- お尻、股関節、太ももの筋力トレーニングを段階的に行う
- 体幹トレーニングを開始する
- スクワットや片脚スクワットなどの荷重トレーニングを状態に応じて行う
- 痛みや動作が安定してきたらジョギング開始を検討する
ジョギングを開始する前には、以下のような項目を確認したいところです。
- 股関節のストレッチで強い左右差や痛みがない
- 片脚スクワットが左右とも安定してできる
- もも上げ動作で痛みや左右差が少ない
- 患部を押した痛みが悪化していない
- 医師から運動進行の許可が出ている
リハビリ後期:ランニングやスポーツ動作を再開する時期
ランニングで痛みが出にくくなってきたら、スプリント、ステップワーク、ジャンプ、キックなどの競技動作を段階的に再開していきます。
- 直線ランニングのスピードを段階的に上げる
- スプリント、ステップワーク、ジャンプを低強度から行う
- キック動作を軽い強度から再開する
- リアクションドリルや対人動作を段階的に行う
- 運動後の圧痛や股関節前面の張りを確認する
復帰期:競技練習へ段階的に戻る時期
強度を上げても痛みが出にくくなってきたら、1〜2週間程度かけて段階的にチーム練習へ参加していきます。
- 部分参加から全体練習へ段階的に移行する
- キック、ダッシュ、切り返し、対人動作を段階的に確認する
- 練習後や翌日に痛みが増えないか確認する
- 復帰後も股関節前面の張りや圧痛を確認する
- 筋力、柔軟性、体幹の安定性を継続して管理する
- 日常生活で痛みがない
- 患部を押した痛みが強くない
- 股関節の可動域に大きな左右差がない
- 股関節を曲げる・膝を伸ばす筋力発揮で痛みがない
- 片脚スクワットが安定している
- スプリントやキック動作で痛みが出ない
- 練習後や翌日に痛みが悪化しない
- 医師から復帰の許可が出ている
よくある質問
AIIS裂離骨折は自然に治りますか?
多くの場合は保存療法で改善を目指します。ただし、骨片の転位が大きい場合や、痛みが長引く場合、癒合不全が疑われる場合には、手術療法が検討されることもあります。
手術が必要になることはありますか?
あります。骨片の転位が大きい場合、保存療法で痛みが改善しない場合、競技復帰に支障がある場合などに手術が検討されることがあります。ただし、手術の必要性は個別に判断されます。
いつから走れますか?
走り始める時期は、痛み、骨癒合、筋力、医師の方針によって変わります。日常生活で痛みがなく、股関節の動きや片脚動作が安定し、医師の許可が出てから段階的にジョギングを検討します。
キックはいつ再開できますか?
キックはAIISに負担がかかりやすい動作です。ランニングやスプリントで痛みがなく、股関節屈曲・膝伸展の筋力発揮で痛みがないことを確認してから、軽いキックから段階的に再開します。
再発予防で大切なことは何ですか?
股関節の柔軟性、大腿直筋の状態、体幹の安定性、片脚動作のコントロール、キックやダッシュの負荷管理が大切です。復帰後も痛みや圧痛が悪化していないか確認しましょう。
まとめ
下前腸骨棘裂離骨折(AIIS裂離骨折)は、成長期のアスリートに多くみられる骨盤前方の裂離骨折です。サッカーのキックやダッシュなどで、股関節前面・太ももの付け根に急な痛みが出ることがあります。
多くの場合は保存療法で改善を目指しますが、骨片の転位が大きい場合や痛みが長引く場合には、手術療法が検討されることもあります。
リハビリでは、骨癒合と痛みの改善を確認しながら、股関節の可動域、筋力、体幹の安定性、スプリントやキック動作を段階的に回復していくことが大切です。
「痛みが減ったからすぐ全力で復帰」ではなく、医師やリハビリの専門家と相談しながら、再発しにくい状態でスポーツ復帰を目指していきましょう。

