
今回は、腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎について、原因、症状、検査、治療方針、リハビリテーション、スポーツ復帰の目安を解説します。
股関節の前側や鼠径部が痛い場合、腸腰筋の肉ばなれや腱周囲炎が関係していることがあります。特に、走る、蹴る、ジャンプする、ももを上げるといった動作で痛みが出る場合は注意が必要です。
ただし、股関節前面や鼠径部の痛みは、腸腰筋だけでなく、FAI症候群、股関節唇損傷、グロインペイン症候群、下前腸骨棘裂離骨折、鼠径ヘルニアなどでも起こります。痛みが強い場合や長引く場合は、自己判断せず医療機関で確認することが大切です。
- 腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎とは何か
- 股関節の前側が痛くなる原因
- よくある症状とセルフチェック
- 病院で行う検査
- 保存療法と注射の考え方
- リハビリとスポーツ復帰の目安
- よくある質問
股関節や鼠径部の痛み全体について知りたい方は、関連する股関節・骨盤周囲の記事もあわせて確認してみてください。
目次
腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎とは?
腸腰筋は、腰椎に付着する大腰筋と、骨盤の腸骨に付着する腸骨筋からなる筋肉群です。主に股関節を曲げる働きがあり、走る、蹴る、ももを上げる、姿勢を保つといった動作に関わります。

腸腰筋肉ばなれは、腸腰筋の筋肉部分が損傷している状態です。一方、腸腰筋腱周囲炎は、腸腰筋腱の周囲に炎症や痛みが生じている状態です。
また、Psoas Syndromeは、腸腰筋や腸腰筋腱の刺激、炎症、損傷などによって痛みや機能障害が起こる広い概念として使われることがあります[2]。そのため、腸腰筋肉ばなれ、腸腰筋腱周囲炎、Psoas Syndromeは関連する領域ではありますが、完全に同じ意味ではありません。
鼠径部痛のあるアスリート638名をMRIで調査した研究では、21.0%に腸腰筋の信号変化が認められたと報告されています。また、腸腰筋の筋損傷所見がある選手は平均8.6週、腱周囲炎所見がある選手は平均20.1週で競技復帰しており、腱周囲炎の方が復帰まで長くかかる傾向が示されています[1]。
腸腰筋肉ばなれ・腱周囲炎が起こりやすい場面
腸腰筋は、スポーツでは走る・跳ぶ・キックする・ももを上げるなどの動作で大きく使われます。
- サッカーのキック動作
- 陸上競技のスプリントやハードル
- 走り高跳びやジャンプ動作
- ダンスやバレエの脚上げ動作
- 急なダッシュや急停止
- 坂道走やスプリントの反復
- 腹筋運動やもも上げトレーニングのやりすぎ
- 長時間の運動や練習量の急な増加
ランナー、ダンサー、走り高跳び選手、サッカー選手など、股関節屈曲動作を繰り返す競技で起こりやすいとされています[2]。
また、股関節周囲の柔軟性低下、筋力不足、体幹や骨盤周囲の安定性低下、動作の偏りによって、腸腰筋に負担が集中することがあります。

腸腰筋肉ばなれ・腱周囲炎でよくある症状
主な症状は、股関節前面や鼠径部の痛みです。特に、腸腰筋を伸ばしたときの痛みと、股関節を曲げるように力を入れたときの痛みがポイントになります。
- 股関節の前側・鼠径部が痛い
- ももを上げると痛い
- 股関節を伸ばすストレッチで痛い
- キックをすると痛い
- 走ると痛い
- ジャンプすると痛い
- 歩幅を広げると痛い
- 腹筋運動でも股関節前面が痛い
- 押すと股関節前面に痛みがある

股関節の前側が痛いときに考えたい他のケガ
股関節前面や鼠径部の痛みは、腸腰筋だけでなく、以下のようなケガや疾患でも起こることがあります。
- FAI症候群
- 股関節唇損傷
- グロインペイン症候群
- 下前腸骨棘裂離骨折(AIIS裂離骨折)
- 弾発股
- 鼠径ヘルニア
- 大腿骨頚部疲労骨折
特に、急な外傷後に強い痛みが出た場合、歩けない場合、痛みが長引く場合は、腸腰筋の問題だけと決めつけないことが大切です。
セルフチェック
ここでは、腸腰筋由来の痛みが疑われるときに確認しやすいポイントを紹介します。ただし、セルフチェックは診断ではありません。強い痛みがある場合は無理に行わず、医療機関で評価を受けてください。
股関節屈曲抵抗テスト
座った状態や仰向けで、ももを上げるように力を入れます。股関節前面や鼠径部に痛みが出る場合、腸腰筋に負担がかかっている可能性があります。
股関節伸展ストレッチ痛
片膝立ちなどで股関節前面を伸ばしたときに、股関節前面や鼠径部に痛みが出るかを確認します。痛みが強い場合は無理に伸ばさないようにしてください。
もも上げ・キック動作の痛み
もも上げ、キック、ダッシュ動作で股関節前面に痛みが出る場合、腸腰筋や股関節前面の組織が関係している可能性があります。
- 強い痛みが出る場合は中止する
- 痛みを我慢して繰り返さない
- 左右差を確認する
- 痛みが長引く場合は医療機関で確認する
早めに受診した方がよい症状
以下のような症状がある場合は、腸腰筋以外のケガや疾患が隠れている可能性があります。早めに医療機関を受診してください。
- 痛みが強く、歩くのが難しい
- 急な外傷後から股関節前面が強く痛い
- 安静時や夜間にも痛みが続く
- 発熱や強いだるさを伴う
- しびれや感覚の異常がある
- 鼠径部にふくらみがある
- 股関節を動かすと強く引っかかる
- 数日〜数週間たっても改善しない
- スポーツ復帰を急いでいる
病院で行う検査
腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎では、診察と必要に応じた画像検査を組み合わせて評価します。
- 問診:痛みが出る動作、受傷機転、練習量の変化を確認
- 触診:股関節前面や鼠径部の圧痛を確認
- 筋力検査:股関節屈曲時の痛みや筋力を確認
- ストレッチ痛:股関節伸展で痛みが出るか確認
- X線:骨や股関節形態、裂離骨折などを確認
- MRI:腸腰筋の損傷、腱周囲炎、他の股関節疾患を確認
- 超音波検査:表層の筋腱や注射時のガイドとして使用されることがある
X線では骨や関節の状態を確認できますが、腸腰筋そのものの損傷は見つけにくいです。MRIでは、腸腰筋の筋損傷や腱周囲炎、股関節周囲の他の異常を確認しやすくなります[1]。
また、医師の判断で超音波ガイド下に注射を行い、痛みの変化を確認することもあります[2]。
腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎と診断されたら
多くの場合は、まず保存療法で改善を目指します。保存療法では、痛みを悪化させる動作を一時的に調整しながら、股関節周囲の柔軟性、筋力、体幹・骨盤周囲の安定性、競技動作を段階的に改善していきます[2]。
一方で、痛みが長引く場合、診断がはっきりしない場合、他の股関節疾患が疑われる場合は、治療方針を再検討する必要があります。専門のスポーツドクターや理学療法士と相談しながら進めましょう。
腸腰筋肉ばなれ・腱周囲炎のリハビリテーション
リハビリのポイントは、痛みと炎症のコントロール、股関節・骨盤周囲の動きの偏りの改善、体幹と股関節周囲の安定性の改善、全身の連動性の改善です。
ここでは保存療法での一般的な流れを紹介します。実際の進め方は、肉ばなれなのか腱周囲炎なのか、痛みの強さ、競技種目によって変わります。
- 痛みや可動域が悪化していない
- リハビリ中・リハビリ後・翌日に痛みが増えていない
- もも上げや股関節屈曲で痛みが悪化していない
- 歩行や階段で症状が強くなっていない
- 医師や理学療法士の指示に沿って進めている
リハビリ前期:伸長時痛・収縮時痛がある時期
この時期は、腸腰筋に強い負荷をかけすぎず、痛みや炎症を落ち着かせることを優先します。腹筋運動やもも上げ運動でも腸腰筋に負担がかかるため、痛みが出る動作は調整します。
- 痛みが出るキック、ダッシュ、もも上げを一時的に調整する
- 股関節前面を強く伸ばしすぎない
- 胸郭、股関節、太もも周囲の柔軟性を痛みのない範囲で整える
- 呼吸や腹圧のコントロールを練習する
- 痛みの出ない患部外トレーニングを行う
- 腸腰筋への軽い等尺性収縮を痛みのない範囲で検討する
リハビリ中期:伸長時痛・収縮時痛が落ち着いてきた時期
痛みが落ち着いてきたら、股関節周囲の筋力、体幹の安定性、片脚動作を段階的に高めていきます。
- 股関節の可動域を痛みのない範囲で改善する
- お尻、股関節、太ももの筋力トレーニングを行う
- 体幹トレーニングを行う
- スクワットや片脚スクワットなどの荷重トレーニングを行う
- もも上げ動作を低負荷から段階的に再開する
- 痛みが安定していれば、軽いジョギングを検討する
ジョギングを開始する前には、以下のような項目を確認したいところです。
- 股関節のストレッチで強い痛みや大きな左右差がない
- 股関節屈曲の抵抗運動で強い痛みがない
- 片脚スクワットが左右とも安定してできる
- もも上げ動作で痛みや左右差が少ない
- 運動後や翌日に痛みが悪化しない
- 医師や理学療法士から運動進行の許可が出ている
リハビリ後期:強度を上げても痛みが出にくい時期
走る、跳ぶ、蹴るといった競技動作を段階的に再開していきます。キックやダッシュは腸腰筋への負担が大きいため、特に慎重に進めます。
- 直線ランニングの速度を少しずつ上げる
- スプリント、ステップワーク、ジャンプを低強度から行う
- キック動作を軽い強度から再開する
- リアクションドリルや対人動作を段階的に行う
- 運動後の圧痛や股関節前面の張りを確認する
復帰期:競技強度を上げても痛くない時期
競技強度を上げても痛みが出にくい場合、1〜2週間程度かけて段階的に練習参加を増やしていきます。
- 部分参加から全体練習へ移行する
- スプリント、ジャンプ、キック、方向転換を確認する
- 練習後や翌日に痛みが増えないか確認する
- 股関節可動域と筋肉の張りを継続して確認する
- 症状が再燃した場合は負荷を一段階戻す
- 日常生活で股関節前面の痛みがない
- 股関節伸展ストレッチで強い痛みがない
- 股関節屈曲の抵抗運動で強い痛みがない
- 片脚スクワットが安定している
- ジョギングやスプリントで痛みが悪化しない
- キックやジャンプで痛みが悪化しない
- 練習後や翌日に痛みが増えない
復帰目安
復帰までの期間は、腸腰筋肉ばなれなのか腱周囲炎なのか、痛みの強さ、競技種目によって変わります。
アスリートの鼠径部痛を調査した研究では、腸腰筋の筋損傷所見がある選手は平均8.6週、腸腰筋腱周囲炎所見がある選手は平均20.1週で競技復帰していました[1]。
ただし、これはあくまで研究対象者の平均であり、すべての人に当てはまるわけではありません。時期だけでなく、痛み、筋力、可動域、片脚動作、競技動作後の反応を確認しながら復帰を判断しましょう。
よくある質問
腸腰筋の痛みは自然に治りますか?
軽い症状であれば、運動量の調整やリハビリで改善することがあります。ただし、痛みが長引く場合や、走る・蹴る動作で毎回痛みが出る場合は、原因を確認した方が安全です。
ストレッチしてもいいですか?
痛みが強い時期に強く伸ばすと悪化することがあります。ストレッチは痛みのない範囲で行い、股関節前面に鋭い痛みが出る場合は中止しましょう。
走ってもいいですか?
歩行や日常生活で痛みが少なく、股関節屈曲の抵抗運動や片脚動作で痛みが強くない場合は、軽いジョギングから検討することがあります。走った後や翌日に痛みが増える場合は、負荷を下げる必要があります。
キックはいつ再開できますか?
キックは腸腰筋への負担が大きい動作です。まずはジョギング、スプリント、片脚動作が安定し、股関節屈曲で痛みが強く出ないことを確認してから、軽いキックから段階的に再開します。
腸腰筋腱周囲炎は復帰まで時間がかかりますか?
腸腰筋腱周囲炎は、腸腰筋の筋損傷より復帰まで長くかかる傾向が報告されています[1]。痛みを無理に押して続けると長引くことがあるため、段階的に負荷を戻すことが大切です。
まとめ
腸腰筋肉ばなれ・腸腰筋腱周囲炎は、股関節前面や鼠径部の痛みの原因の一つです。走る、蹴る、ジャンプする、ももを上げるといった動作で痛みが出る場合があります。
ただし、股関節前面の痛みは、FAI症候群、股関節唇損傷、グロインペイン症候群、AIIS裂離骨折、鼠径ヘルニアなどでも起こります。痛みが強い場合や長引く場合は、病院で評価を受けましょう。
リハビリでは、痛みと炎症のコントロール、股関節・骨盤周囲の動きの偏りの改善、体幹と股関節周囲の安定性、キックやダッシュなどの競技動作を段階的に整えることが重要です。
無理をせず、身体の反応を確認しながら、安全にスポーツ復帰を目指していきましょう。
参考文献
[2]Dydyk AM et al. Psoas Syndrome. StatPearls. 2025. PubMed ID: 31869165

